つれづれなるままに

経理って結構マニアックで面白いとおもった
若いうちにやっておいてよかったと思う
ずっとしたくはないけど

スキームのしくみとかってやっぱり一定お金の
流れをつかむことで理解できる部分もあるのだなあ



今日はひとりで車で走っているとき、なんとなく
時期的にかもしれないけど、
前期試験が終わって後期試験うけなければならないか
てころのことがふと頭によみがえった。

なつかしいなあ

第①志望しかいくつもりがないっていってるのに
電話までかかってきてろんぶんしどうするからコイって・・

キビシー

で髪染めてたら「まだ早い」て

もう卒業してたのに

あと、
前期の願書出す前に3者面談で、なんか今にして思えば
マニアックなパソコン(そこにはセンターの自己採点点数から
希望校のセンター比率・受験予定者平均などから割り出した
合格可能性がA〜Eで表示されていた)
を見ながら
本当にこの大学のこの学部でいいのね?
ちなみに後期でうける大学を前期で受けたらこういう判定
になるけど・・
とかいってあやうくこちらを前期で受けたくなるような
誘導されかけたけど、あのころは決心が固かったな〜
確かに当時はB判定はあったけど、絶対通るなって確信は
なかったから今にして思えば結構怖い。
その恐怖からか、大学に入っても何度か落ちる夢みたし

あと願書かくときも学部かなりまよったなあ
1を3にしようかとか
これはかなり誘惑に駆られたなあ
まあでもよく通ったもんだ

必死で勉強してたから、前期が終わったら
「もう、これで僕の大学受験は終わり?かあ」
って感じだったよ。(少なくとも今年は)

当日の体調を考えて3日前から近くのホテルに泊り込んだくらい
だから。

でもやっぱり過剰な○○大学生像を描いていたからか
それが自分に跳ね返ってきて、居心地の悪いうれしさと
不安感にさいなまれて
結局野比のびたのような2.7年間をすごしたなあ。
もっと教養で色々学びたかったような気がする。
取りたい授業、5限に多すぎ。

経済が富裕でない学生は、まず入学の段階で一種のアシきりを
うけ、さらにこういうとこでも一定ハンディがあるよなあ。
バイトとかぶるんだからしかたないよなあ。

こんにちは、いってきます、はじめます、きりつ、
おさきにしつれいします

高校の3年間よりも大学の4年間は一瞬だったなあ
大学に入るために必死で頑張った割りに大学って
つまらないなあと思ってしまったなあ

大学もひとつのきっかけなのかな

あんまり場としては機能しがたいような・・

高校で部活も勉強もしたし、別に大学で熱心なサークル活動
するつもりもないなあ、ここで教えてくれる学問を精一杯
吸収するぞ〜と思ってたら、なんだかみんなサークルにふやけ
勉強なんかしなくていいんだよ的言説が流布していたっけ。
ロン基礎なんてこの先生が手堅いって。
耳慣れない不快なとうきょう弁が、妙な説得力をもった。
まあ、いっか。そうしよう。

それでも教養は楽しかったかなあ。
後期は授業はますます面白かったけど、人間味はどんどん
薄れたなあ。

大体、なんで今の仕事を。

にほんのために?

なにがにほんのためになのか、
それこそ公法私法Ⅱ元論が妥当している時代ならいざ知らず、
公私きょーどー、おおやけにしかできない分野はせまいんだぞ〜
っていわれている中で、明治からの流れをくむ必要はあったのかなあ

ま、そんなこと、高校生には無理だったよな、
しょせんそんな程度の高校生だったさ。

隣の芝は青い。
なんとなくべんごしもいいなあってきがする

今の仕事は色々経験ができていいけれど、サービスの受け手との
コミュニケーションぎゃっぷに苦しむ。
それを改善のため改革しているけど、これによって土壌が変化する
かにはおよそ懐疑を禁じえない

そこいくとべんちゃんは相談者と向き合うし、感謝もされるよなー

やっぱり第2の人生はべんちゃんかなー